「真理」と思ったものは夢・妄想

●要点●
知の形が宇宙、世界を形作っており、それが同時に空! 知識は曲者で、既に現実化したと錯覚する。悟りとは、犬がデカイ頭脳を付けて生きてるみたいなもんや。公案は、すべからくこのデカイ頭脳を止めて、犬になって答えるみたいなもんや。例えば「空や無」という言葉は、犬には言えんやろ?それは、デカイ頭脳から出た言葉や。どんなに内容が深遠であろうと、犬はそんな言葉は使わん。

人生は一時の夢の如し。夢以外に人生というもの、生というものはありえない。死もね。100%夢だから、真理も妄想もない。真理と思ったものは、要するに夢で妄想で、、、すごい、この世界は。底なしで、無限で、自由自在で、なんの縛りもない。ここを悟るにはとにかく一度その夢から脱落してみないといけない。そしてもう一度その夢に入りなおす。いや、何度でも入りなおす。これは痛快だ。

禅者Keiと坐禅初心者Ayaのチャットから

Kei ─
見解(けんげ)。

知の形が宇宙、世界を形作っており、それが同時に空!

これ(この表現)ならわかりやすい。

これで聖書の言葉が解けた。最初に何々があれと言ったら、何々があった、とかあったよな?

Aya
─ なるほど。前にもその話してたね。「光あれ!と言ったら、光があった」って。





『ホモ・デウス』の話や、知の話でわかったことがある。

世界は知で作られてる。

知識は曲者で、既に現実化したと錯覚する。



早い話が、犬猫にデカイ頭脳を付けたのと同じで、その頭脳の中のバーチャルリアリテイーは、もはや、その頭脳を付ける前の世界とは違う。

悟りとは、犬がデカイ頭脳を付けて生きてるみたいなもんや。

道具や。世界は。でも、その道具は自分の知識でできている。



公案は、すべからくこのデカイ頭脳を止めて、犬になって答えるみたいなもんや。

「空や無」(という言葉)は、犬には言えんやろ?だからそれは、デカイ頭脳から出た言葉。

どんなに内容が深遠であろうと、犬はそんな言葉は使わん。





知やデータとは、この頭脳を指す。

ここまで分析できたら、話は早い。


─ どう早いん?


犬はどこにいる?

知識の中か、知識の外か?


─ 知識の外やん。あ、中かな?


犬なんてもの、知識以外のどこにあるの?


─ そやね。だから、答えを訂正した。


つまり、犬はあるけど、どこにもない。

あるけど、無い。

坐る、少し。


◇◇◇


見解(けんげ)。

人生は一時の夢の如し。間違いなく、これは夢だ。

夢以外に人生というもの、生というものはありえない。死もね、夢でした。

夢以外にこの世界も宇宙もありえない。

天国、地獄、それもね。



だから、あれこれ分けて考えなくてよかったんだよ、初めから。

100%夢だから、真理も妄想もない。

真理と思ったものは、要するに夢で妄想で、、、



すごい、この世界は。

底なしで、無限で、自由自在で、なんの縛りもない。


─ それって、どんな夢を見るかはその人次第ってこと?


そうだね、夢だから。材料はその人の中にしかない。

その人の見ている夢は、天国にも地獄にもなり、戦争にも平和にもなる。

無形や。目には見えない。だって、その人の夢だから。

その人の夢が真理。共通の夢もあるけどね。





夢から覚めるとは、こういうことなんやな。これが夢だと悟ること。

夢なんだけど、夢以外の現実がない。

凡夫は、これが夢だと言えば、じゃあ夢以外の現実があるはずだと思ってしまう。

実はない。



妄想、夢 = 現実、真理。

どうこれ?

観念、思考、夢、妄想、、これらが全部そのまま現実で真理だとしたら。



しかしね、ここを悟るにはとにかく一度その夢から脱落してみないといけない。

そしてもう一度その夢に入りなおす。いや、何度でも入りなおす。

これは痛快だ。

─ 痛快なん?

夢だから、いくら追求してもしょうがない反面、いくら追及してもさして害もない。自由なものだ。



衆生無辺誓願度 🙏


by keiaya2015 | 2019-01-12 05:00 | 禅 in HEISEI

某坐禅道場で悟後の修行に励む在家禅者の個人的なブログです。伝統的な坐禅修行による奥深い体験と、山あり谷ありの成長の歩みを記録しています。「坐禅のすばらしさを伝えたい」そんな熱く純粋な思いでブログを更新中! 衆生無辺誓願度 (˘⌣˘)


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